wish



「欲しいものがあるだけど。」
妻が躊躇いがちに切り出した。
物欲の薄い妻が何かをねだってくるのは
非常に珍しい。

靴一足、服一着欲しいと口にしない妻。
楽っちゃ楽だけれど…。
高いものをプレゼントしても
安いものをプレゼントしても
常に同じようなテンションで喜ぶ。
けれどそれではハリがない。
礼を言われても、モチベーションは下がるばかりだ。

何より、少しは甘えて我が儘言ってくれないと
女として可愛げがない。
自分がなんら頼りにされていないようで、
なんら期待されていないようで、
男としては、どこか見くびられているような気さえする。

でも、そんな妻がいつにない”おねだり”だ。
しかも、躊躇いがちに。

まさか、家が欲しいとか言い出すんじゃあるまいな?
流石にそれは「はい、そうですか。」と
買ってやるわけにはいかないが…。
でも、いいぞ。
手の届く範囲のものだったら買ってやる!
そしたら、物凄く感謝するだろ?
その顔が見たい。

頼られた気がして、少し有頂天になる。
「何が欲しいの?高いもの?」 警戒よりも、ウキウキ感のほうが先に立つ。

「高いもの? まさか。
私が欲しがるものは、大抵お金じゃ買えないものだって
もう、分かるでしょう?」

お金じゃ買えないものか。
じゃ、オレの愛とか?
そう言われたら、どうするよ、オレ!?
「じゃ、何?」
期待が高まる。

「3つ欲しいものはあるんだけど、
内2つは、あなたには与えられないものだから
それは置いておいて。
1つね、くれる? ちょっと大変なんだけど。」

大変??? なのか?
なんだ?
ってか、3つの欲しいものってなんなんだ?
内2つはオレじゃだめだって?
その2つって、一体なんなんだ??
ま、いいや。
1つは望みを叶えてやれるらしいから。
「いいよ、なに?」
オレはそう答えた。

すると、妻は、オレの手を取って
自分の首へと導いた。
え〜、こんな昼間から???
やっぱり”オレ”が欲しいの??

でも、次の瞬間、そんな気持ちに冷水を浴びせる言葉が
妻の口から発せられた。
「このまま、この手に力を込めて…。」
何、言ってる???
そんなことしたら、首が絞まっちまうじゃないか。

驚愕するオレに妻は、更に言い募る。
「私が本当に欲しいもので、
あなたが私にくれられるのは、もうこれだけ。
もう、私を自由にして。」
涼しい眼をして、穏やかに言われた言葉が
理解できない。
と言うか、理解することを体が拒否した。

手を離そうとした。
「離しちゃダメ。そんなの許さない。」
静かな、でも、威圧的な妻の声。
「なん…で…??」
ことの異常さにオレの声が震えた。

「なんで?
そっか、分からないんだね…。
長い時間を掛けて、少しずつ少しずつ
あなたは私を殺してきたんだよ。
気がつかなかった?
私の何もかもを一から十まで否定し続けて、
私を支配した気になって、楽しかった?
もう、心なんてずっと昔に死んじゃってるよ。
今は、空っぽの体があるだけ。
魂あっての人間でしょ?
私はもう、人間でさえないと思う。」

淡々と語る妻の目は冷たく
狂ったことを言っているけれど、正気に見えた。

うろたえるばかりのオレに妻がため息をついた。
「瀕死の状態にまでにして苦しませて
私にとどめさえ刺してやれないの?
少しでも、悪かったと思うなら、
少しでも、可哀想だと思うなら、
いい加減、その手で全て終わらせてくれないかな。」

「ちゃんと、話せば…」
言い掛けた俺を妻がさえぎった。
「今まで、ちゃんと話してたよ。
泣きながら一生懸命話したこともあったよね?
でも、あなたは聞いた振りして、聞いてなかったんだよね?
結局は同じことをずっと繰り返した。
だからもう、どうにかなる可能性はないって判断した。
ねぇ、もういいでしょう?
もう、全てから自由にして。」

取り付く島もない拒絶。
オレは首に回した手を…。




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