それから暫くして、妙なことに気がついた。
私が、いつ、何処に行っても、彼を目にするようになったのだ。
視線は合わない。いつでも微妙にすれ違うような場所で会うのだ。
ちらりと彼を見てみても、私を見ている様子はないのに、
なぜか、痛いほどの視線を感じた。
そして不思議なことに段々とすれ違う距離が近づいてくる。
一番初めは、線路をいくつもはさんだホームで向かい合わせ。
二度目は、道路のあちらとこちら。
三度目は、喫茶店の窓際で、コーヒーを飲んでいるそのすぐ外側を歩いていた。
そして昨日は、とうとう同じ歩道を肩が触れそうなほどの近さですれ違った。
今日当たりはぶつかる?まさかね。
私は、現実離れしたことを考えている自分を笑った。
帰りはまた深夜だった。頭が重い。足も重い。
その上、耳鳴りもする。いやな音。金属を擦るような音がする。
ふと、人の気配を感じて、顔を上げた。
ぶつかりこそしなかったけれど、そこには、「彼」がいた。
初めて、至近距離で、向かい合った。
身の危険こそ感じなかったけれども、驚きのあまり声が出なかった。
闇に溶けてしまいそうな、いや、
既に闇にこそ馴染んでいるような印象を受けた。
漆黒の髪に、漆黒の瞳。
私も日本人だから、目も髪も同じような色合いだけれど、
彼の目はなんと言うか、本当に黒いのだ。
星のない夜よりまだ暗い瞳。そんな感じだった。
「なぜ、私を避ける?」
彼が、低めのでも透き通った声で言う。とても、悲しそうに。
避けているつもりは毛頭なかった。
第一、避けるも何もまず、接点がそもそもない。
そう言いたかったけれども、彼があまりに悲しそうで、
私は口ごもってしまう。
「そなたを長い間待った。わが姫…。」
そ、そなた?わが姫?何処の時代の人よ?それに姫って誰よ?
どう見ても、姫という柄じゃない私は、他にも誰かいるんじゃないかと、
思わず辺りを見回してしまった。
こんなに綺麗な整った顔立ちをしているのに、可愛そうに狂人なのか?
でも、暗い瞳はしていても、狂った人のそれではない。
じゃあ、一種のストーカー?私は、全身に鳥肌が立った。
きびすを返すと、そのまま走り出し、近くの交番へと駆け込んだ。
彼は、追っては来なかった。でもなぜか、逃れられた気がしなかった。