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1. 出逢い


 夜遅くにふらふらになって帰る部屋。明かりは自分で点ける。
ここは、私の城。だから、他の誰もいない。
留守番電話がメッセージを告げて、点滅している。
「もしもし、志恵?こんな遅くまで仕事なの?こんなの体を壊すわ。
ねぇ、もう三十を過ぎているのよ?結婚する気はないの?
いい人はいないの?お見合い話もいくつか来ているのよ?」
あぁ、また、この話。うんざり。
いいじゃないの。結婚なんてしなくたって。
結婚だけが、幸せの道じゃない。
現に母さんだって幸せそうには見えなかったじゃないの。
私は、舌打ちする。くだらない電話しないでよ。
 デザイナーの仕事は、華やかそうに見えて、実は結構力技の世界だ。
一度落ちたら、二度とチャンスがめぐって来ないことだって、
珍しいことじゃない。
女だてらになんとかやってるのは、
自分をすり減らすようにして仕事をこなしてるからこそだ。
自分を曲げて、スポンサーの意向に沿うようにするのも日常茶飯事。
それならいっそ私に頼むなと言ってやりたいけれども、そうもいかない。
そんなだから、イライラしない日は殆どない。
結婚はしたい。そう!従順な奥さんが欲しい。
私が奥さんになるんじゃなくってね。
そんなこと言ったら、母さんは、卒倒するかしらね?

 でも、翌日やっぱりかなり疲れ気味なのを自覚した。
私は、疲れてくると、普段見えないものが見える。人のオーラだ。
ラッシュ時の駅は、だから、色の洪水になる。
暖かな色の人は、殆どいない。みんな疲れた色をまとっている。
濃いグレーや、すすけた黄色。見るだけで、気持ちが落ち込んでしまう。
知らず、口からため息がこぼれしまう。
 そんな中、私は異質なものを見つけた。
オーラのない人が線路をいくつも隔てた向かいのホームに立っていて、
入ってくる電車を待っていたのだ。
空間を切り裂いて、無理やり入ってきたかのような印象を
与えるその人はでも、見かけは、これと言って変わったところはない。
年の頃なら、私より五歳くらい下か?
ダークブルーのスーツを着ているけれども、どこかそぐわない。
真っ黒な髪に真っ黒な目。
いや、正確に目の色までは解らないけれども、
そういう印象を受ける人だった。
 電車がホームに滑り込む直前、ほんの瞬きの間くらい、
その人と目が合った気がした。
頭の奥のどこかで、金属がこすれるような音がした。




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