夜遅くにふらふらになって帰る部屋。明かりは自分で点ける。
ここは、私の城。だから、他の誰もいない。
留守番電話がメッセージを告げて、点滅している。
「もしもし、志恵?こんな遅くまで仕事なの?こんなの体を壊すわ。
ねぇ、もう三十を過ぎているのよ?結婚する気はないの?
いい人はいないの?お見合い話もいくつか来ているのよ?」
あぁ、また、この話。うんざり。
いいじゃないの。結婚なんてしなくたって。
結婚だけが、幸せの道じゃない。
現に母さんだって幸せそうには見えなかったじゃないの。
私は、舌打ちする。くだらない電話しないでよ。
デザイナーの仕事は、華やかそうに見えて、実は結構力技の世界だ。
一度落ちたら、二度とチャンスがめぐって来ないことだって、
珍しいことじゃない。
女だてらになんとかやってるのは、
自分をすり減らすようにして仕事をこなしてるからこそだ。
自分を曲げて、スポンサーの意向に沿うようにするのも日常茶飯事。
それならいっそ私に頼むなと言ってやりたいけれども、そうもいかない。
そんなだから、イライラしない日は殆どない。
結婚はしたい。そう!従順な奥さんが欲しい。
私が奥さんになるんじゃなくってね。
そんなこと言ったら、母さんは、卒倒するかしらね?
でも、翌日やっぱりかなり疲れ気味なのを自覚した。
私は、疲れてくると、普段見えないものが見える。人のオーラだ。
ラッシュ時の駅は、だから、色の洪水になる。
暖かな色の人は、殆どいない。みんな疲れた色をまとっている。
濃いグレーや、すすけた黄色。見るだけで、気持ちが落ち込んでしまう。
知らず、口からため息がこぼれしまう。
そんな中、私は異質なものを見つけた。
オーラのない人が線路をいくつも隔てた向かいのホームに立っていて、
入ってくる電車を待っていたのだ。
空間を切り裂いて、無理やり入ってきたかのような印象を
与えるその人はでも、見かけは、これと言って変わったところはない。
年の頃なら、私より五歳くらい下か?
ダークブルーのスーツを着ているけれども、どこかそぐわない。
真っ黒な髪に真っ黒な目。
いや、正確に目の色までは解らないけれども、
そういう印象を受ける人だった。
電車がホームに滑り込む直前、ほんの瞬きの間くらい、
その人と目が合った気がした。
頭の奥のどこかで、金属がこすれるような音がした。