薔薇の花束


 鏡を見ながら髪を梳かし、丁寧に結い上げてメイベルは小さく溜め息をついた。
「妹たちは美人なのに、どうして私だけこんななのかしら?」
特別醜いわけではなかったが、二人の妹たちのように華のあるタイプではなかった。
二つ年下のグレイスは栗色の髪と神秘的な黒い瞳、
更に二つ下のルイーザは、赤みがかった金髪に明るい緑の瞳の持ち主だった。
二人とも色白で華奢な体つきなのに働き者。村の男たちに人気があった。
「姉さん、姉さんも化粧をすれば変わるわ。髪もそんなにきつく結い上げてはダメよ。」
「そうよ。着る物ももう少し明るい色のほうが姉さんに似合うわよ。」
妹たちは口々にメイベルにアドヴァイスをする。
メイベルもやってはみるのだが、どうもしっくり行かず、
結局元に戻ってしまうのだった。
 でも、メイベルは、妹たちとは別の意味で、崇拝されていた。
というのも、メイベルが作る花を好きな女性に送ると、
恋が叶うという噂があったからだった。
確かにメイベルの作る花は、本物のそれよりも優しげな色合いで、
永遠に枯れることがなかったから、
変わらぬ思いを誓うのにうってつけだった。
噂は、遠く大きな街へも届き、メイベルの花は飛ぶように売れた。

 ある日、村のエリオットが、メイベルに花を注文しにやって来た。
「メイベル、ぼくのためにとっておきの花を作って下さい。」
その言葉を聞いて、メイベルの心の奥がちくりと痛んだ。
エリオットは、メイベルが長い間密かに想いを寄せていた若者だったから。
でも、メイベルは穏やかな笑顔を崩さなかった。
「どんな色で、何のお花をお作りしましょうか?」
「ぼくの想い人は、少し臆病なところがあるけれど、心のしっかりした人です。
だから、自分自身に目覚めるような真紅の薔薇の花束を作ってください。」
エリオットに想われている人は誰かしら、と、泣きたい気持ちを封じ込めて、
メイベルは注文を受けた。

 薄くて軽い美しい布を染めるところから、仕事は始まる。
期限は一週間。急がなくてはならない。
でも、エリオットが想い人に花を渡すシーンがちらついて、
メイベルは染めに集中できないでいた。
「相手は、少なくとも、グレイスやルイーザじゃないわ。」
メイベルは、自分を励ますように言った。
「だって、二人には臆病なところはないもの。自信に満ち溢れているし。
だから、エリオットに姉さんとは呼ばれずに済むわ。きっと。」
汗を拭くフリをして、メイベルはそっと涙をぬぐう。
「あぁ、きっと、相手はエレンだわ。
あの人は、病気がちだけど、頭も良いし、心根も優しい。それに…、美人。」
 溜め息をつきながら、布を引き上げる。
洗って乾かさないと正確なところは分からないけれど、
でも、これはメイベルが望んだ色ではないように思われた。
嫉妬ゆえに仕事が上手くいかないのは、我慢ならなかった。
大好きなエリオットが、大好きな女性に送る花なら、最高のものを作りたかった。
 乾いた布は、暗い紅だった。

 約束の日が迫ってくるが、布はまだ染め上がらない。
気持ちが焦って、余計に思い通りの色が出なくなっていた。
「そうだ。エリオットが誰かに渡す花じゃなく、
私がエリオットに渡す花を作ろう。
お代を貰わなければいいのよ。これはお祝いよって、渡せば。」
 果たして布は、燃え上がる炎のような色に染め上がった。
でも、約束の時間まで、一日しかなかった。
メイベルは夜通し心を込めて花を作り続けた。

 朝日が窓から差し込んでくる頃、花は出来上がった。
期限の日、朝早くにエリオットはやってきた。それも、正装で。
「エリオット、出来ました。この花で如何でしょう?」
徹夜のせいばかりでない赤い目をして、メイベルが花を差し出す。
「素晴らしい出来ですね。とても美しい。では、お代を。」
「エリオット、いいの。これは私があなたに差し上げます。
私からのお祝いです。あなたの恋はきっと上手くいくから。」
「いいえ、それはダメです。メイベル。」
エリオットは、メイベルに約束どおりの代金を手渡した。
そして、
「これを長い間のぼくの想い人、メイベルに。受け取ってくれますか、メイベル?」
メイベルは花束を受け取ると、腰が抜けたように
その場にヘナヘナとしゃがみこんだ。




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