シトラスの香水


 落とされた。メンバーに入れなかった。
ショックのあまり、頭の奥がジンジン痺れているけれど、それを表には出せない。
私は笑顔で、選ばれた子たちにおめでとうを言う。
「アキ、ごめん。私だけ。アキだって頑張ってたのに。」
チームメイトの奈々美が言う。
「何言ってんの。奈々美が選ばれて、私嬉しいよ。良かったね。」
私はぐちゃぐちゃな気持ちで、奈々美に言う。
確かに私はドンくさいから、外されても文句は言えないんだけど、
練習は裏切らないって言葉を信じて、密かに練習してきたのに。
 クラブが終わって帰るとき、私は忘れ物のフリをして学校へ戻った。
昇降口近くの水道口まで、何とか持ちこたえた。
でも、冷たい石の水受けに触れたとたん、悔し涙が溢れた。
タオルで口を押さえて、大きな声が漏れないようにして、私は号泣した。

 「これでも齧って、元気出せよ。」
知らない男の声と一緒に一個のレモンが顔の前に差し出されて、私はたじろいだ。
だって、学校には、もう誰もいないはずだったから。
胸のバッジを見ると、三年生?一コ上だ。
「あの。貰う理由ないですから!」
「大丈夫だよ、国産レモンで、無農薬。丸ごと齧っても、腹壊したりしねぇから。」
「や、そう言う問題じゃなく。」
「ま、いいから、いいから。齧ってみな。甘いから。」
そういうと、謎の三年生は、レモンを押し付けた。
レモンが甘いわけないじゃないのと半ば怒りながら、やけになってレモンを齧ってみた。
強くてさわやかな香が、私を包んだ。
そして、それは、予想に反して、甘かった。
「甘いだろ?レモンてな、究極まで疲れると甘く感じるんだよ。知らなかったろ?」
私はコクリと頷いた。そして、二人して暫く無言でレモンを齧り続けた。
「メンバー落ち、残念だったな。」
謎の三年生がぽつりと言った。私は目を丸くする。何で知ってるんだ?そんなこと。
一瞬止まった私の動きで、察したのか、彼が言う。
「あ、何で知ってるかって言うと、ずっと見てたんだよ。好みの子だなーって。」
どきん…。心臓が大きく打った。
「大抵どこのクラブにもいるんだよね。俺好みの子って。」
なぁんだ、一種変態か。ドキッとして損した。
「俺さ、ドンくさいのに頑張るやつって好きなんだよ。いるだろ?どこのクラブにも。
報われないことのほうが多いのに無駄な努力するやつ。」
私は脱力する。無駄な努力って、かなり失礼じゃないか。
でも、さらりとからりとそう言う言葉に不思議と怒りは感じなかった。
「レモンが甘く感じるほど頑張るやつってさ、応援したくなるんだよな。
俺が前にそうだったから。こう見えても、俺、サッカー部なんだ。
もっとも、怪我してからサッカーはもう出来ないんだけどな。」
少し寂しそうに笑ってから、彼は続ける。
「だから、今度は、がむしゃらにやってるやつを応援してやろうって決めたんだ。
だから、出来ないくせにサッカー部に残ってんだ、俺。」
今度は屈託のない顔で笑った。私はその横顔をじっと見つめている。
「さっき、どのクラブにも好みの子がいるなんていったけど、
実は、女の子を応援するのは、これが初めてなんだ。」
「え…。」
彼の笑顔とその言葉に私は、またもどきりとしてしまう。
「お前さ、諦めんなよ!諦めなければ、メンバーに残れなくても、
自分の中には、絶対何か残るからさ。」
夕日が最後の光を投げかける中、彼が、私に笑いかける。
レモンの強い香が立ち込めて、そこはなんとも言えない空間になる。
 やばい。シトラスの魔法で、私、恋に落ちたかも。




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