リボンを掛けた小箱


 日曜の朝、ガラス窓からコツコツと音がする。
(また司だ。垣根をくぐって来たんだな。やだなぁ。)
美咲は、窓に背を向けるように寝返りを打つと、布団を引被った。
 隣同士の司と美咲は同い年の幼馴染だった。
小学校に入った頃までは、仲良しだったのに、
いつの間にか司はやんちゃなガキ大将になっていて、
美咲と遊ぶことがなくなった。
それどころか、美咲に悪戯ばかりするようになっていた。
昨日も学校からの帰り道で、追い抜きざまにスカートをめくられた。
いつだったか、大嫌いなトカゲを投げつけられたこともあったし、
クモを手渡されたこともあった。
一週間前には、お気に入りの物を集めていたガラスの小箱を割られて、
さすがにこの時ばかりは、美咲も怒って大泣きした。
 そんなだから、美咲は司を避けるようになっていた。
でも、そんなことにはお構いなしに司は美咲にちょっかいを出した。
そして、今も何を企んでいるのか、窓を隔てて、すぐそこにいる。
 「美咲、美咲、起きてんだろ?ちょっと話があるんだよ。ここ開けてくれよ。」
最初、寝たフリしてやり過ごそうと思った美咲だったが、司は諦めない。
仕方ないので、布団を跳ね除け、ツカツカと窓へ寄ると、勢いよく窓を開けた。
「なによっ!私のほうには話なんか無いんだからっ!
司なんて大っ嫌い、二度と顔も見たくないからっ!」
その勢いに気圧されて、司はぽかんと口を開けていた。でも、すぐ我にかえると
「あ、うん。もう、二度と顔合わせないから。」
とうつむいて言った。
いつもと違う様子に窓を閉めかかった美咲の手が止まった。
「あのさ、俺、今日引っ越すんだ。この前は大事な箱割っちゃって、悪かったよ。
だから、これ。」
ぼそぼそ言うと、司はリボンの掛かった小箱を美咲に差し出した。
「な、なによ。また、ビックリ箱じゃないでしょうね?」
恐る恐る美咲が受け取る。
「あのさ、俺、ホントはさ。あのさ。」
司は、ぎゅっと両手にこぶしを握った。
「俺も、お前の顔見なくてせいせいするからよ。ばーか。」
そう言うと、司は自分の家へ駆けて行った。
美咲は、びくびくしながらリボンを取った。
でも、それはビックリ箱でもなかったし、中にトカゲも虫も入っていなかった。
そのかわり、楽譜を持ったガラス細工の天使が入っていた。
美咲が前から欲しかったものだった。
(誰にも言ったことなかったのに。
司、何で私がこれ欲しかったの知ってたんだろう?偶然?それとも。)
 美咲はハッとした。司はさっきなんと言っていた?
引っ越すと言ってなかったか?
そう言えば、さっきからトラックのエンジン音がする。
美咲は、パジャマのまま、庭を転がるようにして突っ切った。
 「司!司!あの、これありがとう。」
「うん。」
思ったとおり、司は車に乗っていた。
もうすぐにでも出られるくらいに準備は整えられつつあった。
「ねぇ、私がこれ欲しいって、知ってたの?」
「うん。」
「なんで?なんでよ。」
「ずっと、お前のことばっか見てたからさ、
店の前で、いっつもその人形見てんの知ってたんだ、俺。」
美咲は目を見開いた。
「うそ…。」
「お前さ、お前とろいから、他のやつにいじめられんなよ。じゃな。」
そう言うと、司はそっぽを向いた。トラックの出発と共に、司に乗ったバンも、出発した。
 後には、排気ガスくさい風と、小箱の中で歌う天使、
そして、涙が今にもこぼれそうな美咲とだけが残った。




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