白の幻想 〜白亜の回廊にて〜


 どこまでも続く白い回廊でした。
天井は高く、上のほうは闇に溶けて、その果てが判らないほどです。
そのどこかひんやりと静まり返った回廊を
カツーン、カツ。カツーン、カツと。
リズミカルとは言えない足取りで、歩いていました。
大きなアーチ型の窓がずらりと並んでいて、
回廊は、白いせいもあって、眩しいくらいです。
自分がどこへ向かおうとしているのか、
さっぱり分からないのに、私は、ひたすら歩き続けていました。

 そう遠くない窓辺に誰か佇んでいます。
白いセーターを着て、白いパンツをはいているので、
回廊になじんで、最初、光そのもののように見えました。
近付くほどに、背がすらりと高いことが判りました。
白いのは、着ている物だけじゃなくて、肌もだということも。

 その人は、あと二歩と言う距離まで近付いたときに
窓からの光をまとって、私に振り向きました。
そして、ちょっと目を見開いてから、
「やあ。」
と明るく声を掛けてきました。
思わず、ドキッとするほど、綺麗な男の人でした。
明るい色の髪に見えるのは、窓から射す光ゆえでしょうか。
そして、その瞳。
髪と同じ明るい茶色で、朗らかでいて、強い意志を感じさせる目でした。
どこか懐かしい感じがするその瞳。
私は、どぎまぎして、
「こ、こんにちは。」
と返事をしていました。
その人は、くすっと笑うと、
「やだなぁ。なんだか、他人行儀。ぼくに逢いに来てくれたのかと
思ったけど、違うの?」
と、言いました。
他人行儀と言われても、初対面なのだから、当たり前なのに・・・。
それになぜ、この人は私が自分に逢いに来たのだと思うのだろう?
「もしかして、どこかで、お会いしたことがありますか?」
失礼かとも思いましたが、やはり、聞かずにはいられませんでした。
その人は、明らかにがっかりした様子でした。

 「なんだ。ぼくのことはすっかり忘れちゃったってことなの?
酷いな、サユラは。」
その人は、私の名前を知っていました。
私の心臓は、早鐘のように打っています。
そんな筈は、ない。そんなバカなことがあるわけがない。
だって、彼は・・・。彼は・・・。
「これで、思い出せる?」
その人は、どこから出したのか、コスモスのブーケを
私に差し出しました。
「もっとも、あの時は、たった一輪で、しかも、ボロボロだったけね。」
その人は、明るく笑いました。

 「Mrブラウン・・・。」
思わず、口が呟いていました。
「なぁんだ。覚えていてくれてるじゃない。」
嬉しそうに彼が言いました。
「違う。あなたは、Mrブラウンじゃない。だって、彼は・・・。」
「犬だったし?事故で死んでしまったし?」
そう。一年前の私がプロポーズを受けた日に、
Mrブラウンは、心無い車にはねられて、命を落としたのでした。
これは、私の推測ですが、その車の走り去ったコースと
事故を見ていた女の子の話を合わせると、
私を庇った上の事故だったのではないかと思われました。
私は、それまでのウキウキした気分も吹っ飛び、
服が汚れるのも構わずに、Mrブラウンに取り縋って
気が狂ったように悲鳴を上げ続けました。
でも、Mrブラウンは、帰って来ませんでした。

 「サユラ、犬にだってさ、心はあるんだよ。
ついでに、魂なんてのもあって、魂には、形がないから、
好きな形になれるんだ。」
彼は、そう言うと、寂しそうに続けました。
「普通にこの姿だったら、良かったのにな・・・。」
彼は、優しく私の手をとると、窓まで引き寄せました。
「この窓からさ、サユラが見えるんだ。だから、ぼくは、
いっつもこの窓の側にいて、いっつもサユラを見てる。
今は、ほら、サユラは眠っていて、ぼくの夢を見てる。」
ああ、確かに。
自分のベッドで、私が静かに眠っているのが見えました。
涙が、こぼれました。確たる理由は判りませんでしたけれども。
次から次と溢れてきて、自分がぼやけて見えました。
「サユラ、泣かないで。サユラが泣くと、ぼくも悲しいよ。」
そう言って、背後からまわされた腕から、Mrブラウンのにおいがしました。
私は、うなづくものの、涙が止まりません。
「サユラのキラキラした笑顔が好きだったんだ。
それと、サユラの絵も好きだったよ。
それから。」
ここで、一度言葉を区切ってから、
「サユラのことが、本当に好きだったんだ。誰にも渡したくないほどにね。」
ゆっくりと、そして、はっきりと言いました。

 「もう、帰って、サユラ。
そして、もう、苦しい夢は見ないで。
ぼくは、二度と痛みを感じない世界で、サユラを見てるよ。
だから、あの事故の夢は、見なくていいんだ。
サユラは、悪くない。
でもね、サユラ、ときたま、ぼくのことは思い出してね。
さよなら、サユラ。ぼくの大事なサユラ。」

 ベッドの中で、目が覚めると、
私の顔は、涙でぐちゃぐちゃになっていました。

 カーテンを開けると、外は雪が降っていました。
天使の羽のような雪が後から後から私に向けて、
舞い降りてくるように見えました。
 まるで、異界からの手紙のように・・・。



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