エチュード〜even if〜


 天は二物を与えないって言うけど、そんなの嘘だと思う。
持ってる人って、色んなもの、集中して持ってる気がする…。
美人で、人当たりが良くて、ミホの周りにはいつも人が絶えない。
頭の回転が速くて、いつもウィットに富んでいて、
ミホの周りの空気は、いつも、笑いさざめいている。
例えるなら、大輪の赤いバラ。華やかで、艶やかなイメージ。
古くからのともだちだから、実は、ピアノもプロ級だってことも知ってる。
美的センスにも秀でているから、
デザイナーを目指してるって聞いたときも、驚かなかった。

 ミホの恋人のナオキは、外見は…そう、そんなでもない。
でも、頭はいい、かな。
ミホの陽のイメージに対して、陰と言ってしまうとちょっと違うけど、
冷静に、そして、少しシニカルに物事を判断する。
お人よしのミホとちょうどバランスが取れているかなと思う。
つまりは、お似合いのカップルってことになるんだろうな。
今目指しているのは、弁護士。
無駄に情に流されない仕事ってことだろうか、合ってそうだと思う。
叶えるには少々、お金も時間も掛かるようだけれども。

 そして実は、そのナオキにもうずっと前から私は想いを寄せていた。
かれこれ、学生の頃からだから、6年か。
いい加減、私ってしつこい女だと思う。
でも、好きになってしまったものは、しょうがないよね。
理論で片付けられるようなら、恋なんかしないんだから。
 仲間たちとワイワイ騒ぐ中、ふと視線を外して
暗く闇に煙ったような目をした瞬間を見た。
その3秒の間に、私の心を持ってかれちゃったんだからさ。
でも、その想いは告げられなかった。
そのとき既にナオキとは友だちで、
想いを告げることで、その距離が遠くなるのが怖かったし、
ナオキがミホを好きだってことも分かっていたから。
 万人を惹き付けるって言うのは、言い過ぎかもしれないけど、
人伝てにナオキのミホへの想いを聞いたときは、納得がいった。
でも、納得がいくからこそ、凍りつくような心地を味わった。
私には、ミホの上を行くことなんて出来ない…から。

 せめて、ミホがナオキを好きにならなければいいと、
心の奥でそっと、でも、焼けるように願ったけれども、
その願いは聞き届けられなくて、二人が恋人って関係になるまでに、
そう時間は掛からなかった。
 そのときはさすがに、心臓が砕けるかと思った。あまりの激痛に。
勝手に一人で想って、勝手に一人失恋して。
私以外に誰も知らない、飛ぶ前に割れてしまったシャボン玉みたいな恋だった。
成就する恋と言う事を前提にするならば、だけど。

 ミホの自宅近くに住む私は、今でも二人の友人。
程よい距離を保ちながら、たまに一緒にショッピングしたり、
食事したりなんて関係がある。
友人としての距離感って、ときたま苦しくて、息が出来なくなる。
ミホとナオキのお互いを見る眼差しなんか見ちゃうと…
言葉にしないのに、流れている独特の空気を感じちゃうと…。
ふと、視線を落としちゃうけど、バレてないよね?
実は泣きそうになっているだなんてこと。
それでも、このポジションを捨てられない。
まるで知らない赤の他人よりかは、ナオキの傍にいられるから。
つくづく、未練だなと思うんだけど、ね。
いっそ、人魚姫みたいに、大事な人への大事な想いだけ抱いて
泡になって消えて行ければよかったのにな。

 ミホがデザイナーの勉強のため、パリに渡ることになった。
ミホらしいと思う。そういう、次なる事を見てること。
でも、置いていかれるナオキは、寂しそうかな…。
ナオキはナオキで、弁護士の勉強があるから、身動き取れない。
時間的にも、経済的にも…。
お互いが支えて欲しいと思ってるだろうな〜と推測する。
後押しして欲しいのは、両者ともそうで、でも“らしさ”を追求するなら、
それを望んじゃいけなくて、
高見を目指す二人だから、お互いがお互いを好きなんだってことは
矛盾も含めて、案外残酷だなと思う。

 ミホが行ってしまってからも、ナオキと私の距離感は変わらない。
昔馴染み。
 ミホが好き。才能が零れんばかりに匂うような赤いバラのミホが。
でも、ナオキのことも好きな自分を、どうすればいいんだろう?
裏切れない気持ちと、走り出しそうな気持ち
天秤にかけて、裏切れない気持ちにわずかに傾く。
「早く帰ってきて、ミホ…。」
軋む気持ちに余裕がなくて、そう願う。
同時に、このまま関係が遠くなってくれないかとも。
私の中の矛盾。

 ある夜、ナオキからお酒の誘いが入った。
私は、会社仲間の他の誘いをキャンセルした。
「気安く呼び出すなよなっ! あたしだって忙しいんだからさ。」
「あ、残業あった? 悪ぃ、悪ぃ。」
片手で私を拝むようにしてるナオキ。
陽気にしてるように見えて、私を呼び出すようなときは、
煮詰まっちゃってることが多いこと知ってる。
まぁ、司法試験なんて、そんな一朝一夕にどうにかなるもんじゃないもんね。
 女性らしいミホを意識して、ナオキといる間、私は殊更男っぽく振舞う。
「なんだよ〜。また、煮詰まってんの?
それとも、ミホがいなくて寂しくて死にそうなのか?
人肌が恋しいなら、そう言う仕事の人もいるじゃんか。」
ナオキがぎょっとしたようにこっちを見た。
「おいおい、仮にも法の番人目指してるヤツに勧めることかよ。
ってか、女がそう言うこと言っていいわけ?」
「あはは。女だなんて、思ってないくせして。」
オンナダナンテ、オモッテナイクセシテ。
自分で言ってて、自分で傷付いた。
バカだな、私ってば。

 私はバンバンとナオキの背中を叩きながら言う。
「ま、一人酒じゃ寂しいだろうからさ、付き合ってやるよ!」
本当は、一緒に時間を過ごせること、嬉しくてたまらないんだけど、
そんなことはおくびにも出さない。
出したら、微妙すぎる関係は、絶対に切れてしまうから。

 お互いの仕事の愚痴なんか言い合いながら、時を過ごす。
「しょうがねぇなぁ〜。」とか、「ばっかなだぁ〜。」なんて
男言葉で、相槌を入れる私。
そんな私を見て、ナオキが笑う。
「おまえさぁ、そんなんで、よくOLが勤まってるね?
下手な男たちより、男前だろ、お前?」
「何言ってんだよ。オフィスじゃちゃんと“花”やってんだよ。
努力してんだよ、これでも。試しにやってやろうか?」
ちょっと大げさにシナ作って、お芝居してみる。
「すげ〜な…。お前、背中に大きなねこ飼ってんだな。」
「はは。女に見えんだろ?」
「う〜ん、でも、ラフレシアとか、そう言う花連想する。」
「てめ〜、失礼にもほどがあんだろっ!」
頭にグーパンチをくりだしてみる。勿論、本当には殴らないんだけど。

 笑いあって、ふざけあっていたのにふと、ナオキが真顔になる。
「ミホからさ、連絡がないんだ。もう、1ヶ月も。」
ポツリと、そう言葉を落とした。
ドキン…、私の心臓が一つ大きく打って、止まった様に思った。
そっか、煮詰まってるのは、勉強のほうだけじゃないんだね。
「い、忙しいんだよ、きっと。時差もあるしさ…。」
他になんて言葉を掛けていいんだか、分からない。
そんなこと言われなくたって、ナオキだって、判ってるんだから。
「………。遠距離って、やっぱり難しいんだな。
こんな風にちょくちょく連絡が途絶えること、実は初めてじゃないんだ。
1ヶ月はざら。長くなると、3ヶ月かな。
理解してるつもりでいてもな、時々さ。オレって、女々しいよな。」
遠くを見る目をして、軽くため息をついた。
装ってる仮面がはがれて、自分の気持ちが零れそうになる。
やめてよ、そんな顔しないで。私の心が揺れちゃうよ。
そんな風に思ってること、想像もしてないんだろうな…。

「じゃあさ、お手ごろなオレに乗り換えちゃう?」
わざと”オレ”という一人称を使ってふざけた振りして
本音を滑り込ましてみる。
「あ〜、残念っ!オレ、男に興味ないんだわ。」
そう、くるよね。やっぱり。
冗談めかして笑い合って、気持ちを散らした。

 さっきのは確かにおふざけだけど、
私だって、普通に女の子らしいんだよ。
普段は、こんな男言葉使ったりしてないんだよ。
好きな人には、可愛い私を見てもらいたいと思ってるんだよ。
そんな言葉が、胸の中に渦巻く。
でも、あえてそれをマティーニと一緒に飲み込んだ。
喉がチリリと痛い。心の痛みは、喉の痛みに紛らわせてごまかした。

 ナオキはやっぱりギリギリの精神状態だったのか、珍しく酔いつぶれていた。
時計が時を刻んで、今はもう、終電すらない時間。
タクシーを止めて、うちまで送る。
「まったく…、普通は逆だろ!」
って、小声で突っ込みを入れる。肩を貸して狭い階段を上る。
でも、密着していてほんのり嬉しいのは、内緒の乙女心…。
「鍵出して、鍵っ!!」
時間が時間だけに、ないしょ話でもするように、耳に口を近づける。
「ふ。くすぐったいよ…。鍵は…内ポケット…。」
や、やだ…くすぐったがらないでよ。変な気持ちになっちゃうじゃないの…。
内心、穏やかじゃない私。
その上、内ポケット探れって…。酔いが変にまわるよ。
ようやくドアを開けて、ベッドまで運んで、ネクタイを緩める。
苦しそうだな…、悪酔いだもんね。
コップに水を入れて、持っていくけど、もう自分じゃ飲めないかな。
「ミホ…。」
ナオキが切なげに呼んだ。
ふわふわした酔いがすっと引いて、私は歯を食いしばる。
「ミ・・・」
もう一度名前を呼びそうになるのに耐えられなくて
コップの水を口に含むと、ナオキに口付けた。
口移しで水を飲ませる。
「違う、違う。これは裏切りじゃない。これは、不可抗力。
水、飲まないと、身体に負担が掛かるから…。」
私は、誰に言い訳してるんだろう。

 ナオキの両腕が伸びてきて、私を抱きしめた。
ドキンっと心臓が大きく打って、身体が痺れた。
ミホと… 間違ってるんだよね?
ナオキの好きなのは、ミホだけだよね?
泣きたい気持ちで、でも、引き寄せられたまま動けない。
そしてふと魔が差してしまう瞬間。
間違いでいい、身代わりでいい。だから、このまま…。
ミホ… でもこれって、やっぱりあなたを裏切ることになるの?
Yesの気持ちと、Noの気持ちが入り乱れて、
自分自身でも自分を扱いかねて混乱する。

 でも…、私は私自身の誘惑に身を委ねた。
ミホ、ごめん。今だけあなたの存在を貸して…。

 翌朝、ナオキの目が覚める前に身支度を整えて、
何事もなかったかのようにナオキの部屋を後にした。
もしかして、けだるい疲れが残っていても、
ナオキ、それは、夢の中で、あなたがミホを抱いたせい。
あなたはミホを裏切ってないよ。
ミホを裏切ったのは、私だけ。
でも、それも、内緒にしておくね。昨夜は何もなかった。
私はナオキにメールを入れる。
「寂しいからって、酔いつぶれんじゃね〜よ。
運ぶの、メチャクチャ重かったんだぞ!!
今度、飲むときがあったら、お前のおごりなっ!」
男友達からみたいなメール。

 送信してから、涙が溢れた。



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