まほうつかいの弟子


 空の色は、少し薄かったけれど、雲ひとつなく晴れていて、
とっても、気持ちがいい。
その空に、この頃では、珍しくなった四角い凧が、
あっという間に上って行った。
「パパ、すごーい!」
思わず、ボクは、パパの腕にぶら下がった。
「だろ?」
パパは、嬉しそうだ。この凧、パパが作ったんだ。
竹ひごと、糸と、紙で。
紙には、ボクの描いた怪獣の絵。
両端に新聞のしっぽ。
さっきボクがやったときには、全然上がらなかったのになぁ。
パパが、ぺロッと人差し指をなめて、空を指したら、
うそみたいに空に持っていかれた。
今度は、ボクがツンツン糸を引っ張っても、落ちてくるどころか、
もっと高く上がっていく。
ボクは何だか偉くなった気がした。
「パパ、指をペロッてなめるの、おまじない?
この前、紙飛行機飛ばすときもやってたよね。
そうやると、よく飛ぶの?」
遠くまで上がった凧を見ながら、ボクが聞くと、パパは笑った。

 「魔法だよ、ま・ほ・う。
パパは、昔魔法使いに弟子入りしたことがあるんだよ。」
「えっ。」
ボクは驚いて、パパを見た。
「あ、疑ってるなぁ。本当だよ。
パパは空を飛びたくて、魔法使いの弟子になったんだよ。
だから、空を飛ばすものなら、なんでも得意。」
そう言って、パパは、空を仰いだ。ボクはドキドキした。
「パパ、ひょっとして、空飛べるの?」
ボクは、ちょっと小声になった。
パパは、出っ張ったお腹をポンポンと叩く。
「ウェイト・オーバーだから、もう無理だな。
でも、空とママは今でも好きだよ。」
パパったら、どさくさにまぎれて、素敵なこと言ってる。
ボクたちは、顔を見合わせて、笑いあった。

 土手からかけっこして、ボクの方が先に玄関にたどり着いた。
パパは、息を切らして後から走ってくる。
ボクはニヤニヤしながら、でも、パパを待っててあげた。
二人そろって、玄関のドアを開ける。
「たっだいまぁ。」
わぉ。玄関にまで、甘くていい香りが充満してる。
ボクは、くつを両方ポンポーンと脱ぎ捨てると、台所まで走った。
後ろから、パパの舌打ちしてる音が聞こえる。
しょうがないなぁとか何とか言いながら、
でも、パパなら、くつを直してくれるんだ。

 台所に入ると、ボクは、そっとオーブンに近付いて、
開けようと手を伸ばした。
「こら、パパにくつそろえさせちゃダメでしょ。
それから、手を洗って、うがいをしてから、いらっしゃい。」
振り向きもせず、ママが言った。
 ひゃっ、やっぱりばれちゃった。
ボクは、手をひっこめて、言われたとおりに、パパに謝って、
手を洗って、うがいをした。
その間に、オーブンのチンという音がした。

 今度こそ、ボクはオーブンの扉を開いた。
甘い香りのけむりがモワンと出てきて、中には、たくさんのクッキー。
よそのお家でも、クッキーやいたとこ見たことあるけど、
教室の机みたいに綺麗に並んでたよなぁ。
うちのはまるで、海賊の宝箱の金貨みたいに、ザラザラザラーって、
こぼれんばかりに入ってるんだ。
変だよね。

 お皿に乗り切らないほどのクッキーを
牛乳片手にボクとパパとでほおばった。
ママは、頬杖つきながら、ニコニコとそれを見てる。
最後の一枚をママが食べると、お皿は、あっという間に空っぽになった。
その代わり、ボクとパパのお腹が膨らんだ。
「あぁ、また太っちゃうなぁ。」
パパが困ったように言うと、ママは、クスッと笑った。

 「ママ、今日の夜ね、パパと星を見に行く約束したんだ。
なんとか流星群で、星がいっぱい流れるんだって。ママも行く?」
「ママは、おうちで待ってるわ。寒いの苦手なの。
温かいもの作って待ってるから、パパと楽しんでらっしゃい。」
残念。ママは行かないのか。ボクは、ちょっとがっかりした。
でも、いいや。パパと寝転がってたくさん星を見てこよう。
夜にそなえて、ボクは、ベッドに潜りこんだ。

 ぐっすり眠って、起きてきたら、パパはもう、出掛ける準備をしてた。
地図だの、ランプだの、寝袋だの、星座盤だの、方位磁石だの、
とにかくたくさんの荷物を手際よく車に詰め込んでた。
 ボクも暖かい格好をしなくちゃ。セーターを着込んで、ダウンを羽織った。
あれ?パパ、どうしたんだろう?
 「ねぇ、ママ。ボクの青いセーター知らないかい?
一番気に入ってるヤツだよ。」
ママは、玄関の上がり口を指差した。パパがそれを見て、小さくうめいた。
ボクも見たら、そこには、青いマフラーが二本と手袋が二組置いてあった。
「虫食いで、穴が開いていたから、マフラーと手袋に変えてしまったの。」
え!セーターをマフラーと手袋に変身させただって?
どうやったら、あの大きなセーターがこんなのになるんだろう。
ボクは、じっと手袋を見詰めた。
 パパはあきらめて、他のセーターを着た。
そしてママは、ちょっと困ったように笑って、
ボクとパパにマフラーを巻いてくれた。

 パパが、星座盤と磁石とにらめっこして、
どっちの空を見てたらいいか調べてくれた。
そして、また指をなめて、空を指差した。
パパが、魔法を使うなら、今日の流れ星は、すごいかも。
空は、キーンと晴れてる。星が、たくさん見える。
でも、お陰で、とっても寒い。
冷たい空気が体にしみてきて、ホネまで届く気がする。
ボクは、車の後ろのドアを開けて、毛布をがさごそ探した。
それらしいのをぐいっと引っ張ったら、ゴトンと何かが落ちた。
「パパー、毛布の中から、何か出てきたよ。これなに?」
「ん?なんだろう?新聞紙の固まりか?こんなの入れた覚えないなぁ。」
そう言いながら、パパが新聞紙を開いたら、
中から、おにぎりがたくさん出てきた。
え、毛布から、おにぎり?なんか、手品みたいだ。
その手品のおにぎりは、家を出てから、時間が随分たったのに、
炊き立てみたいに温かかった。
水筒の中からは、お味噌汁が出てきて、パパと二人でパクついた。
お腹いっぱい食べたら、体がホカホカしてきた。

 寝袋に入って、さらに毛布にくるまりながら、
パパと二人で、空を見ていた。
正確に言うと、周りには結構人がいるけど。
チラッと、ママのことを考えた。ママも来ればよかったのにって。
と、その時、最初の星が流れた。周りで、歓声が上がった。
ママのことを考えたからか、空に一瞬ママが見えた気がした。
あ、また一つ流れていった!
そして、空は、あっという間に、光の雨のようになった。
星が、四方八方に散っていく。
耳には、何の音もしないけれど、心の中では、シュン、シュンと音がした。
ボクのところまで来る星の欠片は、一つもないけれど、
流れ星が、体の中を走り抜けてく気がする。
幾筋も幾筋も流れて、心が痛いくらいだ。
ボクは口を閉じるのも忘れて、ただただ空を見詰め続けた。

 車の中で夜を明かして、朝、うちに帰ってきたら、
温かなお風呂が沸いていた。
ボクとパパは、もちろんお風呂に急行した。
ゆっくり入って、体の芯まで温まって出てきたら、
スープ付きの朝食がテーブルに乗ってた。
食べると、お風呂で温まった体がもっと温かくなった。
ママは、ボクたちを見て、嬉しそうにしてる。
 「星、きれいだった?たくさん見られた?」
ママが聞く。あれ?ママったら、鼻声だな。
家にいたのに風邪ひいちゃったのかな。
「すっごかったよ、ママ!すごくきれいだった。ママも来ればよかったのに。」
ちょっと気になったけど、でも、ボクはそれだけ答えた。

 ボクは暖かいベッドで一眠りして、ぬくぬくと気持ちいい中目が覚めた。
そこから、ニョキッと手を出して、フンッと思いっきり伸びをしたら、
手に何か冷たいものが触った。
起き抜けの目をこすってよく見たら、それは、ガラスのポットだった。
中には、ぎっしり…、え、なに?これって、きのうの流れ星?
七色の星がポットの中パンパンに入ってた。
「あら、起きたの。あ、それね、きれいでしょう。
こんぺいとうっていうお菓子なのよ。食べてごらんなさい。」
え、星を食べるの?おいしいのかな。お菓子なの?本当に?
疑いながら、かじってみたら、キランキランと音がした。
こんぺいとうは、口の中で溶けて、ほんのり甘く、いい香りがした。

 「まだ、夕食までには、時間があるから、もう一度眠るといいわ。」
そう言うと、ママはボクのまぶたをゆっくりなで始めた。
起きたばかりだと言うのに、不思議に、段々ボクは眠くなる。
おかしいなぁ。たくさん眠ったのに。
とろとろと眠りに落ちながら、ボクは、もう一度、薄く目を開けた。
そしたら、ママの指先から、金色の粉が落ちてくるように見えた。
なんだか、ティンカーベルみたい。
ゆっくり落ちてくるその粉がかかると、ボクはどんどん眠くなる。

 ねぇ、ママ、パパは、魔法使いの弟子になったことがある
って言ってたけど、
本当は、ママこそ魔女の弟子だったんじゃないの?
流星の夜、ママを見た気がしたけど、あれ、気のせいじゃないんじゃない?
このこんぺいとう、もしかして、その時の星を捕まえたんじゃない?
だから、風邪引いちゃったんじゃない?
他にも、たくさん不思議なことあるよ。

 色々聞きたいことが頭の中をめぐるのに、もう、眠くて、口がきけない。
ねぇ、ママ、ねぇ…。その声は、もう、寝息に溶けて、ママには届かない。
まぶたが落ちる瞬間に見たママの笑顔はどこか謎めいていた。

 起きたら、聞いてみようかな。ママは、魔女?って。



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