3つのビー玉


 わたるは今日も泣きながら、道を歩いています。
少し太めのわたるは、みんなより少し走るのが苦手でしたし、高い木に登るのも下手くそでした。
物陰に隠れても、体がはみ出て、すぐに見つかってしまいます。そんな風でしたから、
元気な男の子たちは、わたるをからかいこそすれ、遊びの仲間に入れようとは
してくれませんでした。いつも仲間はずれになるわたるは、それでも、
友達にくっついて回りましたが、
しまいには、邪魔にされ、おいてけぼりを食うのです。
ほら、今もいつの間にか友達にまかれたばかりです。
「へっく、へっく。ぼくだって、一緒に遊びたいよ。
何で、いつも、へっく、ぼくだけ仲間はずれなんだよ、へっく。」
悔しくて、さびしくて、うつむいた顔から、涙がぽたぽたこぼれました。
目をごしごしこすりながら、うなだれて歩いていると、道端で、何かがキラリと光りました。
近づいてみると、それは小さなビー玉でした。拾って日にかざしてみるとまたキラリと光りました。
青い筋の模様が入ったビー玉は、まるで、うねる波を閉じ込めているように見えました。
じっと見つめていると、波間に何か影が見えました。そう思ったとたん、
わたるは打ち寄せる波を前に砂浜に立っていました。
そして、波打ち際には誰かがうずくまっています。走って行ってみると、
それは砂色した髪の小さな女の子でした。その女の子は小さな体をさらに小さくして
しくしく泣いています。
「どうしたの?おなか痛いの?」
女の子は首を横に振りました。
「どうしたの?どうしたの?」
女の子は、やはり首を振るばかり。ふと、思いついて、わたるは握っていたビー玉を
日にかざしました。
「ほら、見て見て!きれいでしょ?これ、あげるから、泣かないで。」
そのビー玉を渡されると、女の子は泣き止んでにっこり笑いました。
「ああ、これ探していたの。これがなくて困っていたの。」
そう言うと、わたるの手を引っ張りながら、どんどん海へと入って行きました。
「え、止めてよ。ぼく泳げないんだ。」
慌てて手を振り払おうとしたわたるに女の子は笑いかけて
「大丈夫よ。私と一緒だもの。」
と、きっぱりと言いました。どんどん先を行く女の子の足はいつしか魚の尾ひれになり、
わたるの手を握ったまま沖へ沖へと泳いでいきます。
わたるもつられて手足をばたつかせているうちに足がひれになり、
いつしかいるかのように自由に泳いでいました。
「泳ぐって、こんなに気持ちのいいことだったんだなぁ。」
わたるがそう呟いたのは、友達にはぐれた帰り道でした。
手には、青い模様のビー玉が握られていました。

 学校への道の途中、そう大きくもない石につまづいて、またわたるがべそをかいています。
一緒に通うはずの子たちもいつまでも泣いているわたるに呆れて先に行ってしまいました。
一人ぼっちで座り込んで泣いているわたるの足に何かがそっと触れました。
顔を上げてみるとどこから転がってきたのか、そこにはビー玉が一つ。
周りを見回しても誰もいません。拾い上げてみると、緑色の筋の入ったビー玉でした。
まるで、風になびいている草むらを閉じ込めたようなそのビー玉を手に取ったとたん、
わたるは見知らぬ草原に立っていました。見えるのは、どこまでも続く草の海と青い空と
いくばくかの雲だけ。草の上を渡ってくる風は、緑の香りを濃く含んで、息苦しいくらいです。
耳の中は、強くびょうびょうと吹く風の音だけでいっぱいです。
「ど、どうしよう。どこなんだろう、ここ。」
心細げにしているわたるを何かが見ています。ざわわ、ざわわとゆれる草の合間から、
じっと何かが。ひょこっ!立ち上がった影は、うさぎでした。茶色のうさぎは、
鼻をヒクヒクさせながら、ひげを風にそよがせて、立ち上がった後もわたるを見ています。
耳をピンと伸ばすと、わたるに向かって笑っているように見えました。
「抱っこしたら、ふわふわそう!」わたるは思わずうさぎを追いかけ始めました。
でも、まぁ、なんてうさぎの足の速いこと速いこと!あっという間に見えなくなりました。
でも、しばらくすると、茶色の耳が草むらの間からのぞいて、
わたるを見ているように思えました。
耳のほうに走っていくと、今度は、あっちからもこっちからもぴょこぴょこと
茶色の耳が出てきました。
ひょいと立ち上がったうさぎたちは、どの子もみんな右目の周りと両前足の先が
白い色をしています。もしかしたら、うさぎの兄弟なのかもしれません。
わたるを誘うようにして、右へ左へと跳ねるうさぎをわたるは夢中で追いかけました。
(うふふ、うふふ、こっちよ、こっち。)うさぎが呼んでいる気がします。
わたるは、汗びっしょりになって、走り続けました。
汗を手でぬぐって、目を開けると、草原は消えていました。そこは、学校の下駄箱の前でした。
手には、緑の模様のビー玉。風の音はもうなくて、今、始業のチャイムが鳴りました。

 算数の宿題を忘れて、残された帰り道、わたるは顔をうつむけて、とぼとぼと歩いていました。
その上をからすが一羽通り過ぎたとき、コンッ!頭に何か落ちてきました。
最初は、からすのフンかとドキッとしましたが、地面まで落ちたそれは、ビー玉でした。
それは、夕暮れ時の朱の色に染まった雲を閉じ込めたような模様をしていました。
これで、ビー玉は三つ目。わたるはビー玉をぎゅっと握り締めました。
目を閉じてからゆっくり開くと、わたるは一片の雲になっていました。
ずっと遠くのほうで夕日が最後の光を空に向かって投げかけています。
その色に染まっていくのは、何て気持ちがいいのでしょう。ゆっくりゆっくり
空を渡っていくその下をぷるる、ぷるるとトンボが飛んで行きます。見上げれば、
さっきまでの燃えるような色は少しづつ薄いピンクからラベンダーのような色へとにじんで
それより上には星がきらめき始めています。
「夜空も真っ黒じゃないなぁ。どっちかって言うと、濃い藍色だなぁ。」
わたるはつぶやきました。
「ぼく、こんなにゆっくり空を見たことないなぁ。いつもいつも下を向いてたなぁ。」
わたるは、いつも下をむいてべそをかいている自分を思いました。
ゆるりと吹く風に身を任せて、空を漂いながら見る星空は広く深く、瞬く星は、
いつもよりずっとたくさんで輝きも強く見えました。ゆっくり息を吸うと、
体の中に星がざぁーっと入って来て、体がどんどん澄んで行く気がします。
月の下を通るときには、その物柔らかな黄色にそっと染まって、穏やかな気持ちになりました。
「今のぼくは、人間のぼくよりもずっと大きいけど、空はそのぼくが浮かんでもまだ広くて、
ぼくの浮いている空の向こうには、もっと広い空が広がっているんだな。」
そう口にしたとたんめまいがして、わたるはちょっと目をつぶりました。
再び目を開けたとき、わたるは公園の滑り台の上にたたずんで、空を仰いでいました。
そのまま、わたるは雲だったときのように深く深く深呼吸してみました。




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